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平成百物語 


問道 火偉の喜快日記  夏ですね。暑いですね。



問道 火偉様のサイトで「平成百物語」という面白そうな企画をなさっていたので、
便乗して初めてホラーを書いてみました♪
怖くないので、ホラーというより、ショートショートですが。

 
 『夏の記憶』


 私がその記憶を思い出したのは、松村さんが席に戻られて椅子を引いたときでした。
 私は俯いていたので、そのときの彼の仕草を映像として見たわけではありません。なんとなく感じ取った気配や、椅子が引かれたときの音。そういう幾つもの微細な要素が眠っていた記憶の糸を引いたのでしょう。
 随分とながい間、忘れられていた記憶でした。
 今、わたしの双眸には10年前のあの日の光景が鮮やかに蘇っています。
 劣化もなく、誇張もなく、本当に当時の映像をそのまま目で見ているような、そんな確かさがありました。

 それは、霊感のない私が唯一経験した心霊譚と言ってもよいでしょう。
 私はこの日のことを誰にも話すことなく忘れてしまっていたのですから、あまり確かなことは言えませんが、おそらく多くの方が、それは幽霊だと言うのではないかと思います。
 しかし、私としては、やはりそこで見たそれを幽霊と断ずるのにはどうしても躊躇いを覚えるのです。
 なぜならば、それは、その時たしかにそこに居たからなのです。思念や霊魂といった抽象的な存在ではなく、私の前に座った男はやはり「人間」だったのだと思うからです。

                         *

 当時、私が住んでいたのは三重県、南牟婁郡(みなみむろぐん)の紀宝町という田舎町でした。私が高校の3年生に上がる頃に、初めてファミリーレストランというものが町に出来たのです。
 私はそれが嬉しくて、夏休みには毎日のように、お気に入りの文庫本を鞄に何冊も詰め込んで、アイスコーヒーを飲みに通ったものでした。
 ある日、私がいつものように隅っこの二名席の奥に座り、小説を読んでいると、ふと目の前に人の気配を感じたのです。すぐに、目の前の椅子を引く音が聞こえました。
 目を上げると、机を挟んだ正面の席に、男が腰をおろそうとしていました。
 連れ合いでないのは勿論のこと、見たこともない、知らない男性です。
 私は、席を立った男性が戻る場所を間違えて座ってしまったのだと思いました。
 男と眼が合いました。
「暑いね。クーラー壊れているのかね」
 男はそう言いました。まるで、知り合いに話しかけるような自然な口ぶりでした。
 私は、曖昧に頷きました。
 しかし、店内は寒すぎるほどにクーラーが効いていました。
 男は滝のように汗をかいていました。禿上がった頭皮、弛んだ肉、疲弊しきった表情に不釣り合いな、ぎらりと光る目の鋭さに、私は異様な不気味さを感じたのを覚えています。
「実はさ、ちょっと心配したんだよ。俺が戻ってきたとき、いなくなってたらどうしようって」 
 男は、私の問いかけるような視線には気付かない様子で、意味の分からない話を続けるのです。
「昔はこんな疑ぐり深い性格じゃなかったんだよ。何でも、信じちゃうような、本当、馬鹿正直な男でさ。……何でこんな風になっちゃったのかな」
 男の目の奥に宿る銀色の光がちらちらと揺れていました。
「俺のせいかな? なぁ、俺のせいかい?」
 次の瞬間、私は男の不気味な眼光に射抜かれていました。
「俺のせいか!」
 机を叩く衝撃にドリンクのグラスが揺れ、水がこぼれました。
 私は声を上げることが出来ず、ただ首を左右に振りました。
 すると、男はうって変わった柔和な笑顔になり、
「真喜子ちゃんなら、きっとそう言ってくれると思ったよ」
 と言ったのです。男は確かに、「真喜子ちゃん」と、知るはずのない私の名前を口にしたのです。
 その時の、私の衝撃を、いまになって想像することは難しいように思います。
 常に頭の何処かに醒めたところのある女でしたから、きっと私はこの男を頭のおかしい人なのだ、刺激せず適当にあしらって引き取ってもらおうと割り切って考えていた筈です。
 男が私の名前を知っているという事実は、私の思考に大きな混乱をもたらしたに違いありません。
 無意識に立ちあがっていました。
 危険を感じたのでしょう。私は男と隣の机との間の隙間を抜けて、席を離れようとしました。
 冷たい手が私の腕を掴み、私は声にならない悲鳴を上げました。
「どこに行くの?」
 男の視線が上目遣いに私を舐める瞬間、私は顔を背けて、その視線から逃げました。
「トイレ」
 よく咄嗟に言葉が出たものだと思います。そしておそらく、その応えはその場にして最善のものだったでしょう。
「ちゃんと、戻ってきてね」
 男は一音節ずつ、はっきりと聞こえるように、ゆっくりと言いました。
 店の奥に向かう私の背中に、嗤うような、睨むような、ねっとりとした視線が注がれていることは、見なくてもはっきりと感じることができました。
 そして、トイレから戻ってきたときには、男の姿はありませんでした。
 ――これが、10年ほど前に私が実際に体験した出来事です。

                         *

 松村さんは席につかれるなり、
「暑いね。クーラー壊れているのかね」
 と言いました。
 滝のように汗を流す、筋肉の弛緩した顔。
 今、私の目の前には、当時の記憶と寸分違わぬ男の姿があります。
 声の抑揚から、肌の色み、息使い、汗の匂い、あらゆるものが、当時のまま再現されているようです。
 不思議なもので、初めて松村さんにお会いしたときには何も気付きませんでした。
 知らぬ内に、くすりと笑いがこぼれてしまい、松村さんが怪訝な顔で私を眺めていらっしゃいます。
 そうか、私はあの時既にこうなることが決まっていたのだ。そう思うと、どうしようもなく、可笑しさが込み上げてきてしまうのです。
 松村さんとは黄泉への道連れを募るサイトで、三日前に知り合いました。
 私たちは、これから青木ヶ原の樹海に向かう予定です。

                        <了>



後書:
ファミレスで本を読んでいて、ふと目の前に気配を感じて、――
もちろん誰もいなかったんですが(霊感も皆無ですし)。
ここで見知らぬオッサンが座って話しかけてきたら、
幽霊より怖いよなって思ってネタにしました。
読んで頂けたら幸いです。


 

Comments

真夜中にお伺いいたしました。
問道さんの企画に参加なさったんですニャね。

こわ……。
そうかと思い出して笑える女性の心理もなかなか恐かったです。
すんなりと頭に入る流麗な文章ですね。

えめる様
コメントありがとうございます!
読んで頂いて嬉しいです。

>こわ……。
と言って頂けて素直に喜んでおります。
ホラーの描き方とか、実際書いてみて、色々勉強になりました。

でもやっぱり向いてないんでしょうね。この程度の話なのに、書いてる最中すごい怖かったのですから。タイプしながら、急に左右を見回したりして(笑)

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